三思一言2017.08.17

「洛外図屏風」を楽しむ

◆「洛外図屏風」への御招待

 鉄道や高速道路によってすっかり変わったまちのなかで、むかしの街道や古道のようすを知ることは容易ではありません。

 そんなとき、江戸時代の旅人になって洛外の空中散歩を楽しむことができるのが「洛外図屏風」(らくがいずびょうぶ)です。当時の地理・交通・町・村・寺社・名所・旧跡などが網羅されている美しい屏風です。京都研究の基礎資料として学術的に高く評価されており、もちろん乙訓の地域史研究にとっても必見の屏風です。

 2015年秋、向日市文化資料館の特別展で展示されました。資料館のみなさんの御努力により、詳細でカラフルな図録が刊行されたので、乙訓地域の街道・古道のネットワークを一目で理解することができるようになりました。

☚向日市文化資料館展示図録表紙 2015年

 

 私は長年この屏風を研究しています。しかし読み解くのはむずかしく、まだまだですが、これまで学んだことから簡単に紹介しましょう。

◆制作年代と制作者

 「洛外図屏風」には制作年代や絵師の名前はありませんので、内容の分析、相互の比較検討、関連資料の調査といった根気のいる作業を積み重ねて、推定していく方法しかありません。

 景観年代と制作年代のギャップを論理的につめながらの慎重な判断が求められるのですが、結論だけ述べれば②が最も古く万治年間(1658~1660)から寛文年間の初め、①の中井本は延宝7年(1679)ごろとみています。制作者は江戸幕府とその御用大工頭中井家でしょう。

番号 作品名 略称・所蔵、参考文献 法量

紙本着色 洛外図屏風

中井本  *参考文献⑴⑵

個人蔵 京都国立博物館寄託

八曲一双

縦128.8 横480.5cm

紙本着色 洛外図屏風

個人蔵  *参考文献⑷

 

八曲一双

縦118.5 横484.5cm

紙本着色 洛外図屏風

笹井家本 *参考文献⑶

高槻市教育委員会蔵

八曲一双 

縦138.4 横483.4cm

紙本着色 洛外鳥瞰図屏風

神戸市立博物館蔵

(南波松太郎コレクション)

八曲一双

縦150.0 横467.8cm

◆「洛外図屏風」がつくられた歴史的背景

 この屏風がつくられるようになった17世紀半ばは、徳川家光から家綱への将軍交代、それに伴う老中や京都所司代の交代、そして京都町奉行所の設置など、京都支配に大きな変化があった時期です。

 洛中をまったく描かず、洛外のみを主題とする特異な屏風の存在は、御用大工頭中井家の「洛中絵図」の制作という前提があって、初めて理解できます。「洛中洛外図屏風」の変化や、盛行する「京都絵図」の出版も、同じ時代の流れを反映した現象だととらえています。

 関係機関からデジタル写真を提供いただけるようになり、このような絵画資料の研究はとても便利になりました。しかし課題解決の道は険しく、あらためて先学のすごさを感じます。さまざまな分野の知識が求められるので難しい反面、興味が広がり、また楽しくもあります。

ー主要参考文献ー

⑴ 武田恒夫『洛中洛外図』 京都国立博物館 角川書店 1966

⑵ 内藤昌「都市図屏風」『日本屏風絵集成』第11巻 講談社 1978

⑶ 川上貢「旧笹井家蔵洛外図屏風について」 『建築指図を読む』 中央公論美術出版 1987

⑷ 狩野博幸『洛中洛外図 都の形象 洛中洛外図の世界』 京都国立博物館 淡交社 1997